中学生の科学実験教室2011 コンピュータとエレクトロニクスを体験しよう!
開催日程 2011年 8月16日(火) 10:00〜16:30
募集人員 中学生 約60名(先着順にて受付けますので、お早めにご応募ください)
会場 九州大学 伊都キャンパス ウエスト2号館
以下はHPより抜粋。
魅力ある科学教育・地域社会の発展に積極的に貢献するために、私たち大学も様々な方向から努力しています。その一つとして、九州大学大学院システム情報科学研究院では、中学生を対象にした科学実験教室を平成7年から毎年開催しています。今年も夏休み中に「中学生の科学実験教室2011-コンピュータとエレクトロニクスを体験しよう!-」と題してこのイベントを開催することになりました。参加者の皆さんにコンピュータやエレクトロニクスなどの科学技術への興味を持って頂けるよう、色々な面白い実験や実習を用意しています。また、伊都キャンパスの新しい建物・設備などもついでに見学することができます。たくさんの中学生のご参加をお待ちしております。
http://kagaku.isee.kyushu-u.ac.jp/
けっして赦されることのない、そして哀しくせつないおとなの恋を描いた珠玉の歌集
人間は罪深い存在である。基督教が伝へてくれるやうに人間は原罪を背負うて生きてゐるのだらう。その罪は神に背いたことに端を発してゐる。だからわれわれはいつも誰かを裏切りながら生きて行かざるを得ない。
犯さうと思はなくとも人間は罪を犯してしまふ。それが恋だ。恋はするものではなく落ちるものだ、とは誰の言葉だつたか忘れてしまつたが、落ちるとは本人の意思とは別に唐突にやつてくることだ。まさに落とし穴に落ちるやうに落ちるのである。恋に落ちるといふことは人間として堕ちていくことかもしれない。なぜならば恋に落ちた瞬間から人は誰かを裏切りはじめるからだ。
ひとつの恋が成就し、結婚といふ結末を迎へて大団円といふわけにはいかない。その蔭で誰かを傷つけたことは間違ひない。幸福な家庭生活の合間にふと誰かに心ときめかせることもあるだらう。ただ、表沙汰にならないだけで、人は恋という罪を重ねて生きて行くのである。
そして僕はそんな罪を贖つてみたくなつた。それがこの『林檎の感触』だ。今まで詠んできた歌の中から恋の歌だけを集めてみた。結婚式の前に古い恋人との関係を精算しておくみたいな作業として恋の歌だけ纏めて出版することにした。はじめての歌集だけれど、第一歌集といふのではなく、第一歌集以前の成就しなかつた恋のやうなものだ。でも、きつといつまでも忘れられない僕の原罪のやうな歌集になるのだらう。
あとがきより
著者
新谷休呆
北海道小樽市に生まれる。
福岡県宗像市在住。
二〇〇〇年十二月
塔短歌会会員
二〇〇一年一月
北限短歌会会員
二〇〇九年二月
第十四回北限賞受賞
カラー写真18点
※紙の書籍(1260円税込み)も販売中です。
西伊豆堂ヶ島の『揺るぎ橋』。不浄な者が渡ると揺れる橋「揺るぎ橋」
人が初めて渡った『橋』は川中の倒木や垂れ下がった蔦などであったと思う。
釣り橋、掛け橋、桟橋、跳ね橋など、わたしたちは生きるがゆえに幾つもの橋を渡る。
北欧の道標に「どこへもゆけない道」というのがあると聞いた。「行き止まり」を意味した標識と思うが、時によって人は行く先が見えないままでも橋を渡らねばならない。
西伊豆堂ヶ島の『揺るぎ橋』は、崇神天皇の時代に官船を建造した余り木で架けられたと伝えられる小さな土橋である。
《不浄な者が渡ると揺れる》というのが揺るぎ橋の名の由来だが、不浄な者の対象は、言うまでもなく女性である。そんな言い伝えを迷信と知りながらも、かつては密かに揺るぎ橋を訪れる女たちの姿が見受けられたと聞く。彼女たちは、自身の何を占っていたのだろうか。
表紙画/きりえ 朝重 秀明
著者略歴
多賀 多津子 (たが たづこ)
1938年 東京生れ
1984年 「河津ばやし」 九州芸術祭文学賞福岡地区優秀賞
1986年 「毛蚕(けご)」 同 上
1988年 「鞠の音」 同 上
1993年 「割愛」 中日新聞・日本海文学大賞奨励賞
1996年 「葦巣」 同 上
1995年 「頭状花・天城道の轍」 北九州市自分史文学賞佳作
1998年 「緑茶・しぶ茶・ウーロン茶」 (櫂歌書房)